食事中のむせ込み、夜間咳嗽、突然の発熱に対し滋陰降火湯が有用であった2症例 考察
滋陰降火湯の誤嚥に対する有効性について筆者が考え始めたのは、2003年のことである。気づかせてくれた患者は現在80歳になる男性である。当院で加療 中であった高血圧の他に、他院で気管支喘息と診断されており、気管支拡張薬などを処方されていたが咳は続いていた。患者の求めに応じ、麦門冬湯をはじめ、 いくつかの漢方薬を処方し、その中に滋陰降火湯があった。服用すると症状は完全には消失しないものの、食事中の咳は著しく減ったとのことであった。カルテ を検討してみると、しばらく処方を続けた後、1年ほどで中止していた。理由は記載されていない。
その後、主に食事中のむせ込みに対して何例かの患者に同薬を処方したが、ほとんどすべてで有効であったと記憶している。なかには、服用中のみ症状が消失す るのではなく、服薬を中止しても再発がなく、短期間で廃薬に至った例もあった。しかし、開業医の日常診療では症例報告としてまとめ得るほど明確な輪郭を示 す患者は少なかった。そうした経験をもとに、意図した効果が得られることを期待して滋陰降火湯を投与したのが今回の2例である。
症例1は、滋陰降火湯服用中は食事中のむせ込み、夜間咳嗽がみられなくなるが、休薬すると症状が出現することが2回の休薬期間を経て観察された例である。 それに対し、症例2では、嚥下性肺炎の既往のある患者で、抗菌薬の服用回数が減少し、かつ夜間咳嗽が減少した。これのみで滋陰降火湯に嚥下性肺炎防止作用 があるとはいえないが、その可能性を示唆する症例と思われた。
滋陰降火湯は「万病回春」を原典とし、処方内容は、当帰2.5g、芍薬2.5g、地黄2.5g、天門冬2.5g、麦門冬2.5g、陳皮2.5g、蒼朮 3.0g、知母1.5g、黄柏1.5g、甘草1.5gからなる3)。効能効果は「咽に潤いがなく、痰が出なくて咳き込むもの」となっており、また「咳は間 欠的で、夜間悪化傾向があり、布団に入ってからだが温まると咳き込むという特徴がある」とされる4)。これは、不顕性誤嚥に先行して咳嗽反射が亢進してい る状態と読めないこともない。事実、症例1、2でも滋陰降火湯により夜間の咳嗽が減少している。
このことから、滋陰降火湯は嚥下反射を改善している可能性が高いが、症例報告のみから結論を導くことはできない。今回の報告が、滋陰降火湯の効果を検証するより大規模な臨床的、また基礎的研究の端緒となれば幸いである。
●文献
1)永井彩子.臨床医学の展望2009.日本医事新報,2009,95,p.4425
2)Yamaya M,Yanai M,Ohrui T et al. Interventions to prevent pneumonia among older
adults. J Am Geriat Soc 2001,49,p.85
3)松田邦夫,稲木一元.臨床応用「万病回春」健保適応処方解説19・滋陰降火湯,漢方診療,1989,8(5),p.19
4)松多邦雄.病院薬剤師のための漢方製剤の知識・滋陰降火湯(2)基礎と臨床,
日本病院薬剤師会雑誌,1998,17(9),p.2